F.T.B.W.
by fuzuki-2009
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先日、久しぶりに僕の写真に於ける最初の師匠のエッセイを読み返してみた。
生意気な僕のせいで今は交流が絶えてしまった彼のそのエッセイを、彼とまだ交流があった頃に読んだ時は
「ああ、師匠、なかなか面白可笑しい文章を書くんだな。」
とか、
「師匠はかなり文章も巧いんだな。」
とかそんな印象を抱いていた。
僕と違って下ネタなど皆無だし、下ネタを書かずにネタが続くのが凄い、とも(笑)。

けれども先日読んだ時の印象は全く違った。
いや、正確には違ったのではない。
その文章の中に別の要素を僕が見出した、と言った方が正確かも知れない。
彼はエッセイの中で確かこう注記していたように思う。
全く写真と関係のない文章、と。

けれども読み返したその文章は彼の撮る写真そのものと言っていいものだった。
他愛無い日常や旅先でのエピソードを綴ったそのエッセイは、人々の思いやり溢れる優しさや子供の頃の純粋な気持ち、そんなものだけで文章も行間も埋め尽くされていたのだ、と分かった。

以前、このブログの記事「Just Wanna Have Fun !」でも書いた彼の撮る写真そのものだった。
彼と交流があった頃、僕はそれらのエッセイにそういった要素を読み取れずにいた。
けれども今、僕にははっきりそれが感じ取れるようになっていた。

彼に倣って、僕が写真の「技術」以外で、実践出来ている「制約」が一つだけある。
それは、「僕は明るく楽しげな写真以外は撮らない。」という事だ。
アホみたいな写真だと言われようと何と言われようとそれ以外は撮らない。

僕には僕の写真の目的があって、それはこのブログでも何度か書いている事だけれど
「写真で人々の心をプラスの方向に向かわせて、世界を美しく変える事。」だ。
改めて文章にして書いてしまうと青臭くて恥ずかしくて反故にしてしまいたいくらいだけれど、僕はこの目的を死んでも反故にしないし、本気で達成を目論む事を決して諦める事は無い。
その為に僕が撮る写真は明るく楽しげなものだけで十分だと思う。
その自分に課した制約だけは今のところ実践出来ている。

僕の心の中のダーク・サイドの悪辣さは人後に落ちないという自信があるので(笑)、僕が暗い写真を撮ったなら凄く渋くてかっこいい写真が撮れるだろうっていう自負もあるのだけれど、そんな写真は僕には必要無いし、撮りたいとも思わない。

僕は最初に写真を教えてくれたのが彼で本当に幸せだったと思う。
改めて彼の手焼きのモノクロ・プリントを見てそう思う。
人々の純粋な優しさだけがそこからは推測出来た。

エッセイを読み返した時、フッとある事が僕の頭を過った。
彼から写真について学び取っていたあの頃、僕は孤高の彼に大切な事を一度も言っていなかったと気付いた。
男が男に面と向かっては恥ずかしくてちょっと言えないもんね(笑)。

「師匠、ありがとう。」

まあ、いつか僕はあなたを超えるんだけれどね(笑)。

Hasselblad 503CXi - kamakura, japan
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by fuzuki-2009 | 2013-06-06 21:11 | Monologue | Comments(0)
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