F.T.B.W.
by fuzuki-2009
Summer Snow - The Garden Of Fig
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「いちじくの詩」

人が人の本当の優しさに気付くのは、その人と縁が切れてしまった後やその人が亡くなってしまってから、だったりする・・・。

それは古い木の塀に囲まれた静かな庭だった。
様々な木に覆われて、木漏れ日の明るさが却って靄をかけているようでさえあった。
僕の実家の庭に今も置かれているお稲荷さんが元々あった場所だ。
そこは僕の父方のおじいちゃんとおばあちゃんの家の庭だった。
振り返ってみると過去に僕を無条件に愛してくれたのは、このおじいちゃんとおばあちゃんだけだったようにも感じられる。

その庭には一本のいちじくの木があった。
おばあちゃんが幼い僕に時々実を捥いで食べさせてくれた。
とても濃い甘さのするそれは、でもとても優しい甘さだった。
子供心に変な果物だなあと思っていたけれど、おばあちゃんが丁寧に剥いて僕に差し出してくれるその優しい手の方をより鮮明に覚えている。

そこには他にも色々な植物が生えていて、僕が調子の悪い時なんかにはおばあちゃんが「ユキノシタ」とか言う葉っぱを摘んできて、摺って飲ませてくれたりした。

おじいちゃんはよく働く人だった。
休みの日も庭いじりに精を出して、夏の暑い日だったからおばあちゃんがどこの方言か分からないけれど「おじいさん、座って麦茶でも飲みななよ。」なんて声を掛けたりしていた。
おじいちゃんには聞こえなかったらしくて、おばあちゃんが僕に「おじいさんに言ってきて。」って言うものだから幼い僕はそのまま言えって意味だと思って、おじいちゃんに「おじいさん、座って麦茶でも飲みななよ。」って言ったらそれがおばあちゃんにはとても可愛く思えたらしくて、キョトンとしている僕の横でガーゼのようなハンカチで涙を拭いながら大笑いをしていた。
その話をおばあちゃんは何度も何度も事ある毎に繰り返しおじちゃんに聞かせて、そしてその度におばあちゃんは涙を拭いながら大笑いしていた。
おじいちゃんはそれを聞かされる度に優しい笑みを浮かべて静かにただ聞いていた。
そんな時、おばあちゃんは僕には砂糖の入った甘くて冷たい麦茶を出してくれた。
庭に面した小さな縁側でおじいちゃんとおばあちゃんと飲むその麦茶が僕は大好きだった。

そのいちじくのある庭に面した縁側で冷たい麦茶をおじちゃんとおばあちゃんと一緒に飲む事の安心感と穏やかさは、人が人に与え得る幸福の内の最たるものに今は思える。
いつか僕が誰かに幸福を与える役割を担う事になったら、その人にきっと与えてあげたいと思える種類の安心感と穏やかさだった。

幼い頃の僕は、だから僕の実家からほんの100メートルくらいしか離れていないその家にいつも遊びに行っていた。
そしておじいちゃんとおばあちゃんと夕飯を食べて、夜には僕の家までおばあちゃんに送ってもらっていた。
でもおばあちゃんは僕の家まで50メートルくらいのところまで来ると決まって「見ててあげるから、ほら、行きな。」と言って玄関までは来てくれなかった。
僕の母親と折り合いが悪かったから遠慮をしていたのだと後に分かった。
とても怖がりだった幼い頃の僕は後ろを何度も振り返っては「見ててよ。見ててよ。」って言いながら漸く玄関まで辿り着いていた。
怖くて振り返った時にはいつもおばあちゃんの優しい笑顔があった。

それから間もなく、食道ガンを患って入院していたおじいちゃんがその家に戻ってきた。
手の施しようがなく最後は自宅でという計らいだった。
親戚の人々も集まっていて僕のいとこ達、つまりおじいちゃんの孫達も何人かいた。
でもおじいちゃんは病に伏せた床の中から力なく何度も何度も僕の名前ばかりを呼んだ。
「文月ぃー。文月ぃー。」と。
僕の名前は僕の両親の考えを押し切っておじいちゃんが強引に付けてくれた名前だった。
おじいちゃんが僕の手を握ってから僕がいとこの所に戻るとまたすぐに呼ばれた。
僕はおじいちゃんが死にかけているなんて分からずに、いとこ達と楽しく遊んでいるのに何故か何度も何度も僕ばかり呼ぶおじいちゃんに「なんだよ、もー、おじいちゃんは。」なんて思っていた。
それから数時間後、おじいちゃんは静かに息を引き取った。

時が経ち、僕が大学生になり、人生で一番生意気だった頃、おばあちゃんは入院していた。
親戚持ち回りで一晩ずつ一人がおばあちゃんの病室に寝泊りする事になった。そして僕の順番がきた。
既にあの庭のある家は売り払われ、おばあちゃんは僕の父の弟夫婦とその子供達と暮らしていた。
おばあちゃんと過ごすのは本当に久しぶりだった。
少しボケも入っていて、おばあちゃんには僕が僕であるって事が分かっているのか僕には判断がつかなかった。
おばあちゃんは眠る前、看護婦さんに子供のような駄々をこねた。
そんなおばあちゃんを見て僕は初めて人に対して愛しいっていう気持ちを抱いた。
きっと僕があの大好きないちじくの庭で過ごしていた頃、おじいちゃんとおばあちゃんが僕に抱いてくれたであろう気持ちはそんな気持ちだったのだと思う。
そのあと、すぐにおばあちゃんも静かに息を引き取った。

あの庭のあった家はもう別の新しい家に変わってしまっている。
きっとあの庭の映像を心の中に今も留めている人は僕を含めてもこの世界に3人くらいしかいないだろう。
その3人が死ねばその庭の記憶さえもこの世界からは消えてなくなる。
何となく哀しい気もするし、何となく寂しい気もするけれど、この世界の全ての事は変化する。
そしてその全ての変化は仕方のない事なのだと思う。

街中で時々、店先にいちじくが並んでるのを見て、僕の心にふと浮かぶのは、あの庭で見たおじいちゃんとおばあちゃんの優しい笑顔、じゃなくって、イチジク浣腸、と言うね・・・・・。

Rolleiflex 2.8F - zushi, japan



まあ、そういう訳です(笑)。

あ、明日はワスィが一年で一番好きな日だすよ(笑)。
ワスィもおもちゃ欲しい。
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by fuzuki-2009 | 2013-07-06 21:59 | Monologue | Comments(0)
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