F.T.B.W.
by fuzuki-2009
カテゴリ:Monologue( 24 )
Broken Break
パソコン、ぶっ壊れたっぽく、ネット繫がらずで更新お休みいたしますです(笑)。
タンブラーもフリッカーも同様にね。
こりゃー、新しいの買うかなー(笑)。
プロバイダーも変更する予定だし。

この記事の投稿は手持ちの古いマック・ブックにて。

では、しばし(笑)。
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by fuzuki-2009 | 2014-10-15 20:50 | Monologue | Comments(8)
Music Of Waves
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ちょうど波のように さよならが来ました 

言葉はもう何もいらない ただ見送るだけ


どうしてあなたはそんなに手を振るのだろう 

僕の手はポケットの中なのに


ちょうど波のように さよならが来ました

あなたはよくこう言っていた 

終わりは始まり 

終わりは始まり


・・・・・僕の中で何かが変わった気もするけれど、でもやっぱり僕は何一つ変わっていない訳であって、それこそが僕の僕たる所以なのだろうな、なんて一人苦笑したりしています(笑)。

君の口癖は「ありがとう」。
僕はそんなにたくさん言ってきた覚えのない言葉だけれど、僕は僕のやり方で君が「いた事」に応えられれば。
君に自信を持って提示できる写真を僕はいつの日にか撮れるのか?撮れぬのか?

そんな崇高な動機をも与えてくれちゃった君に、ポケットに両手を突っ込みながら一言(笑)。

いつもありがとう。

Rolleiflex 2.8F - kamakura, japan

Additional Remark
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by fuzuki-2009 | 2014-09-28 13:14 | Monologue | Comments(2)
Life Goes On
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心底真面目で心底優しい君が、勝ち目の無いと分かっている勝負に果敢に挑んだ静かな闘い。
勝敗こそ引っ繰り返らなかったけれど、僕はこの目でしっかりと見届けた。
昨日までの半年間、何度見舞っても君はあれだけの苦しみの中、一度として弱音を吐かなかった。
見事だった。きっと僕でも君には敵わないね。

生きている者が果たすべき義務はその生の楽しみを享受し尽くす事だというのが僕の信念だし、僕が君の死を悲しまない事を君が喜ぶだろうという信頼も僕らの間には存在したと思う。
その信念と信頼を守れる強さを僕は持っていると自負しているから僕は悲しむ事をしないし、もう即座に人生を楽しく歩いているよ。

また君と一緒にあの古本屋で良い本を探して、あのカフェで美味しいものでも食べたかったよ。
望んだのはただそれだけの事。叶わなかったのはただそれだけの事。
仕方がないから僕が代わりにあの古本屋とあのカフェには行って楽しんでおく(笑)。

たくさんの楽しい思い出を本当に本当に本当にありがとう!!!

Hasselblad 503CXi - kamakura, japan
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by fuzuki-2009 | 2013-09-29 20:43 | Monologue | Comments(0)
Stardust And Treasure
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ブログやフリッカー、それからインスタなんかをご覧の方はご存知かと思いますがアホ弟子ことkero*がこの度写真活動を休止する事になりました。
皆さん、今日のブログはBGMとして「威風堂々」を頭の中で流しながら読んで下さい(泣)。
あ、いや、やっぱ「ファッションモンスター」で良いや(笑)。

本人から諸々説明を聞き、気持ちを聞き、今回は本人の意思を尊重して引き留める事はしませんでした。
撤退を意味するものではなく、ポジティブで新たな一歩を意味するものと理解できたから。
今までは説教喰らわせたりして無理やり引き戻していたけれどね(笑)。

まあ、変な奴らから写真で色々と悲しい思いをさせられて、それでもここまでよく頑張ってきたと言うのが実際だからな。
最初の頃のおまいさんのヘタレ具合からするとかなり頑張ったと思うぞ(笑)。

人には凡そ2種類のタイプがいる。
1つは辛い事を経験して歪む愚かな者。
もう1つは辛い事を経験して人の痛みを知る者。

おまいさんが後者のタイプであったって事がワスィの一番の誇りかな(笑)。
まあ、ワスィが教えた訳じゃないがな(笑)。
おまいさんの写真は師匠のワスィが言うまでもなく、既に人の心をプラスに変える素晴らしいものだ。
惜しいと思う気持ちはワスィならずとも膨大な数の方が持って下さっているだろう。
それだけは胸に刻んでおけ。
ってこういう言い方すると上から目線だ、とか命令口調だ、とかまたおまいさんに言われそうだけどな(笑)。

仕方ないから今度はカメラ持たずにまたみんなで飯か(笑)。
お大臣様が何でも好きなもんおごっちゃるぞ。

あ、さっき人には2種類のタイプがいると書いたけれど、第三極のタイプがいるのを忘れていた。
それは、理不尽な思いをさせられると怒りをエロ妄想に変換させる事が出来るタイプのアホだ。
誰だ?誰だ?ワスィか(笑)?

まあ、結局の所、ワスィを反面教師としておまいさんが自ら学ぶしかなかったし、積極的には何一つ師匠として教えてやれなかったなー。
更にワスィの嫌われっぷりに足を引っ張られながらも、それでもなお、あれだけの人気を誇ったっていうのはやはりおまいさんの心根の良さに尽きると思うよ(笑)。

ケロポン、今までお疲れさん!
あ、今度ワスィに写真教えてくれ(笑)!

Hasselblad 503CXi - zushi, japan

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by fuzuki-2009 | 2013-08-05 20:52 | Monologue | Comments(8)
My Eye In The Eye
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「現実的にはやはり原発再稼働も仕方の無い事だよね。」
とか、
「反原発?じゃあ、原発の代わりをどうするべきなのか、お前は言えるのかよ?」
なんて言っている人たちは、あの忌わしい過去の戦争の時にファシズムに踊り、狂気の沙汰を後押しした心優しくて頭の悪いたくさんの日本人の姿に酷似している。
日本人は大切な人が権力によって殺されるという事に対して極めて鈍感だと僕は思う。
過去のあの時、自分の息子や娘にそれを強いる親が国民の殆どを占めていたというのだから噴飯ものだ。

心優しくて頭の悪い日本人・・・。

今、あなたにとって一番大切な人の笑顔を心に思い浮かべてみて。
じゃあ、次にその人が国家によって殺された時の死顔を想像してみて。
平気か?

心優しくて頭の悪い日本人・・・。

今、福島にはそんな思いを抱えて生き続けている人たちがたくさんいるんじゃないのか?

心優しくて頭の悪い日本人・・・。

「みんながやっているから。」
「一人が反対すればみんなに迷惑を掛けちゃうから。」
「やらないと仕方の無い事だから。」
この国はいつか必ず同じ過ちを繰り返す。

心優しくて頭の悪い日本人・・・。

きっと本当に心優しい人達は拷問に掛けられてさえも自分の息子に他人の息子を殺しに行かせたりしなかったはずだ。
もうすぐ、日本のうそ寒い八月がまた巡り来る。

Rolleiflex 2.8F - zushi, japan

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by fuzuki-2009 | 2013-07-18 20:51 | Monologue | Comments(2)
Summer Snow - The Garden Of Fig
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「いちじくの詩」

人が人の本当の優しさに気付くのは、その人と縁が切れてしまった後やその人が亡くなってしまってから、だったりする・・・。

それは古い木の塀に囲まれた静かな庭だった。
様々な木に覆われて、木漏れ日の明るさが却って靄をかけているようでさえあった。
僕の実家の庭に今も置かれているお稲荷さんが元々あった場所だ。
そこは僕の父方のおじいちゃんとおばあちゃんの家の庭だった。
振り返ってみると過去に僕を無条件に愛してくれたのは、このおじいちゃんとおばあちゃんだけだったようにも感じられる。

その庭には一本のいちじくの木があった。
おばあちゃんが幼い僕に時々実を捥いで食べさせてくれた。
とても濃い甘さのするそれは、でもとても優しい甘さだった。
子供心に変な果物だなあと思っていたけれど、おばあちゃんが丁寧に剥いて僕に差し出してくれるその優しい手の方をより鮮明に覚えている。

そこには他にも色々な植物が生えていて、僕が調子の悪い時なんかにはおばあちゃんが「ユキノシタ」とか言う葉っぱを摘んできて、摺って飲ませてくれたりした。

おじいちゃんはよく働く人だった。
休みの日も庭いじりに精を出して、夏の暑い日だったからおばあちゃんがどこの方言か分からないけれど「おじいさん、座って麦茶でも飲みななよ。」なんて声を掛けたりしていた。
おじいちゃんには聞こえなかったらしくて、おばあちゃんが僕に「おじいさんに言ってきて。」って言うものだから幼い僕はそのまま言えって意味だと思って、おじいちゃんに「おじいさん、座って麦茶でも飲みななよ。」って言ったらそれがおばあちゃんにはとても可愛く思えたらしくて、キョトンとしている僕の横でガーゼのようなハンカチで涙を拭いながら大笑いをしていた。
その話をおばあちゃんは何度も何度も事ある毎に繰り返しおじちゃんに聞かせて、そしてその度におばあちゃんは涙を拭いながら大笑いしていた。
おじいちゃんはそれを聞かされる度に優しい笑みを浮かべて静かにただ聞いていた。
そんな時、おばあちゃんは僕には砂糖の入った甘くて冷たい麦茶を出してくれた。
庭に面した小さな縁側でおじいちゃんとおばあちゃんと飲むその麦茶が僕は大好きだった。

そのいちじくのある庭に面した縁側で冷たい麦茶をおじちゃんとおばあちゃんと一緒に飲む事の安心感と穏やかさは、人が人に与え得る幸福の内の最たるものに今は思える。
いつか僕が誰かに幸福を与える役割を担う事になったら、その人にきっと与えてあげたいと思える種類の安心感と穏やかさだった。

幼い頃の僕は、だから僕の実家からほんの100メートルくらいしか離れていないその家にいつも遊びに行っていた。
そしておじいちゃんとおばあちゃんと夕飯を食べて、夜には僕の家までおばあちゃんに送ってもらっていた。
でもおばあちゃんは僕の家まで50メートルくらいのところまで来ると決まって「見ててあげるから、ほら、行きな。」と言って玄関までは来てくれなかった。
僕の母親と折り合いが悪かったから遠慮をしていたのだと後に分かった。
とても怖がりだった幼い頃の僕は後ろを何度も振り返っては「見ててよ。見ててよ。」って言いながら漸く玄関まで辿り着いていた。
怖くて振り返った時にはいつもおばあちゃんの優しい笑顔があった。

それから間もなく、食道ガンを患って入院していたおじいちゃんがその家に戻ってきた。
手の施しようがなく最後は自宅でという計らいだった。
親戚の人々も集まっていて僕のいとこ達、つまりおじいちゃんの孫達も何人かいた。
でもおじいちゃんは病に伏せた床の中から力なく何度も何度も僕の名前ばかりを呼んだ。
「文月ぃー。文月ぃー。」と。
僕の名前は僕の両親の考えを押し切っておじいちゃんが強引に付けてくれた名前だった。
おじいちゃんが僕の手を握ってから僕がいとこの所に戻るとまたすぐに呼ばれた。
僕はおじいちゃんが死にかけているなんて分からずに、いとこ達と楽しく遊んでいるのに何故か何度も何度も僕ばかり呼ぶおじいちゃんに「なんだよ、もー、おじいちゃんは。」なんて思っていた。
それから数時間後、おじいちゃんは静かに息を引き取った。

時が経ち、僕が大学生になり、人生で一番生意気だった頃、おばあちゃんは入院していた。
親戚持ち回りで一晩ずつ一人がおばあちゃんの病室に寝泊りする事になった。そして僕の順番がきた。
既にあの庭のある家は売り払われ、おばあちゃんは僕の父の弟夫婦とその子供達と暮らしていた。
おばあちゃんと過ごすのは本当に久しぶりだった。
少しボケも入っていて、おばあちゃんには僕が僕であるって事が分かっているのか僕には判断がつかなかった。
おばあちゃんは眠る前、看護婦さんに子供のような駄々をこねた。
そんなおばあちゃんを見て僕は初めて人に対して愛しいっていう気持ちを抱いた。
きっと僕があの大好きないちじくの庭で過ごしていた頃、おじいちゃんとおばあちゃんが僕に抱いてくれたであろう気持ちはそんな気持ちだったのだと思う。
そのあと、すぐにおばあちゃんも静かに息を引き取った。

あの庭のあった家はもう別の新しい家に変わってしまっている。
きっとあの庭の映像を心の中に今も留めている人は僕を含めてもこの世界に3人くらいしかいないだろう。
その3人が死ねばその庭の記憶さえもこの世界からは消えてなくなる。
何となく哀しい気もするし、何となく寂しい気もするけれど、この世界の全ての事は変化する。
そしてその全ての変化は仕方のない事なのだと思う。

街中で時々、店先にいちじくが並んでるのを見て、僕の心にふと浮かぶのは、あの庭で見たおじいちゃんとおばあちゃんの優しい笑顔、じゃなくって、イチジク浣腸、と言うね・・・・・。

Rolleiflex 2.8F - zushi, japan

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by fuzuki-2009 | 2013-07-06 21:59 | Monologue | Comments(0)
Distance
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先日、久しぶりに僕の写真に於ける最初の師匠のエッセイを読み返してみた。
生意気な僕のせいで今は交流が絶えてしまった彼のそのエッセイを、彼とまだ交流があった頃に読んだ時は
「ああ、師匠、なかなか面白可笑しい文章を書くんだな。」
とか、
「師匠はかなり文章も巧いんだな。」
とかそんな印象を抱いていた。
僕と違って下ネタなど皆無だし、下ネタを書かずにネタが続くのが凄い、とも(笑)。

けれども先日読んだ時の印象は全く違った。
いや、正確には違ったのではない。
その文章の中に別の要素を僕が見出した、と言った方が正確かも知れない。
彼はエッセイの中で確かこう注記していたように思う。
全く写真と関係のない文章、と。

けれども読み返したその文章は彼の撮る写真そのものと言っていいものだった。
他愛無い日常や旅先でのエピソードを綴ったそのエッセイは、人々の思いやり溢れる優しさや子供の頃の純粋な気持ち、そんなものだけで文章も行間も埋め尽くされていたのだ、と分かった。

以前、このブログの記事「Just Wanna Have Fun !」でも書いた彼の撮る写真そのものだった。
彼と交流があった頃、僕はそれらのエッセイにそういった要素を読み取れずにいた。
けれども今、僕にははっきりそれが感じ取れるようになっていた。

彼に倣って、僕が写真の「技術」以外で、実践出来ている「制約」が一つだけある。
それは、「僕は明るく楽しげな写真以外は撮らない。」という事だ。
アホみたいな写真だと言われようと何と言われようとそれ以外は撮らない。

僕には僕の写真の目的があって、それはこのブログでも何度か書いている事だけれど
「写真で人々の心をプラスの方向に向かわせて、世界を美しく変える事。」だ。
改めて文章にして書いてしまうと青臭くて恥ずかしくて反故にしてしまいたいくらいだけれど、僕はこの目的を死んでも反故にしないし、本気で達成を目論む事を決して諦める事は無い。
その為に僕が撮る写真は明るく楽しげなものだけで十分だと思う。
その自分に課した制約だけは今のところ実践出来ている。

僕の心の中のダーク・サイドの悪辣さは人後に落ちないという自信があるので(笑)、僕が暗い写真を撮ったなら凄く渋くてかっこいい写真が撮れるだろうっていう自負もあるのだけれど、そんな写真は僕には必要無いし、撮りたいとも思わない。

僕は最初に写真を教えてくれたのが彼で本当に幸せだったと思う。
改めて彼の手焼きのモノクロ・プリントを見てそう思う。
人々の純粋な優しさだけがそこからは推測出来た。

エッセイを読み返した時、フッとある事が僕の頭を過った。
彼から写真について学び取っていたあの頃、僕は孤高の彼に大切な事を一度も言っていなかったと気付いた。
男が男に面と向かっては恥ずかしくてちょっと言えないもんね(笑)。

「師匠、ありがとう。」

まあ、いつか僕はあなたを超えるんだけれどね(笑)。

Hasselblad 503CXi - kamakura, japan
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by fuzuki-2009 | 2013-06-06 21:11 | Monologue | Comments(0)
71st Street
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以前、僕はニューヨークのマンハッタン、アッパー・イーストサイドの71丁目にアパートの部屋を借りて一人暮らしをしていた。

比較的治安の良いエリアだったけれど、留学費用の全額を自腹で賄っていた貧乏学生の僕に借りる事が出来たのは、ボールを置けばかなりのスピードで転がる床と、歪んでいて真冬も閉まり切らないたった一つの小窓と、シャワー・ヘッドのフックをぐるぐる巻きのガムテープで括り付けたバスルームのある刑務所のような部屋だった。
その部屋と刑務所との決定的な違いはいつでも外に出られるというその事だけだった。
そして僕がそこで手に入れた自由とは、全ての責任を自分一人で背負う代わりに、家族や友人・知人の事を僕が心配などしても全く無駄だという種類のそれだった。
その自由の中での暮らしは僕にとってこの上なく素晴らしかった。
僕が欲していたもの、そのものだった。

同時にその頃僕はこうも感じていた。
結局、自由って「人」を欲する事を内包しているのかなって。
けれどもその「人」っていうのはもちろん家族や友人・知人ではなく、新たな出会いの事なのだろうなって。
実際、僕は向こうにいた間、一度も家族や友人に会いたいと思わなかった。
まあ、たった一年の事だからでもあるけれど。

以来、僕は新たな出会いを求めて30以上の世界の国々を1人で旅した。
そこでは掛け替えの無い出会いもあったし、苦い思いしか残さないそれもあった。

自由と孤独は表裏一体であるけれど、孤独の内には「刹那的な出会い」ってやつもきっと含まれるだろう。
いや、むしろその「刹那的な出会い」によってこそ孤独は深みを増し、身震いするような魅力を纏う。
出会いの帰結は当然別れ。
それをも糧にする事が人生を楽しみ尽くす術だって僕は思う。
シャキーン!

No Camera Information - new york, u.s.a.

Additional Remark
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by fuzuki-2009 | 2013-04-16 21:14 | Monologue | Comments(2)
A Routine
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インドのチェンナイ。

エグモア駅前の路上で写真を撮ろうとカメラを構え、一人で佇んでいると中年の男が流暢な英語で話し掛けてくる。
彼はスリランカ政府とLTTEとの内戦で追われて来たスリランカ人だと言う。故郷では教師をしていたそうだ。
貧しい家族を支えるために単身インドに渡り仕送りをしたいのだ、と。

スリランカは貧しい国だ、娘たちに何とか学問をする機会を与えたい、家族のいる避難所はひどい環境だ、家族に早く会いたい、インドに来たが仕事などスリランカ人であるというだけで与えてくれない、ひどい差別にあっている、等など。
時には熱弁で時には涙ながらに訴えてきた。

しばらく話し込んで家族思いに感心していると
「タバコ一本くれないか?」「ああ、いいよ。」
「ガンジャ買わないか?」「バカ野郎。」

いつもの旅のいつもの光景。

Nikon F-80D - chennai, india
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by fuzuki-2009 | 2013-01-29 20:17 | Monologue | Comments(2)
Your Spit
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ネパールのポカラから廃車寸前のバスに身を揺られ、陸路国境を越えてインド、ヴァラナシのバス・ステーションに着いたのが午前三時頃。
こんな時間でもリキシャ・ドライバー達は旅人に群がり、客を掴もうと必死だ。
いつものように交渉。

「How much is it to the hotel ?」
「40 rupies !」「30 !!」「25 rupies !!!」
次々と安くなる。

まだ値段を言っていないガリガリのジイさんに声を掛ける。
「O.K. How about you ?」
「20 !! 20 rupies !! 20 !!」
ジイさんは最安の値段を連呼する。

しかし、ジイさんの必死の連呼が災いを。
Twenty !! の“トゥ”の発音の時にジイさんの唾が一滴、僕の口へ。
僕はすぐに唾を吐き出す。
まずい、何か悪い病気が感染したかも・・・。

そして別のドライバーのリキシャで夜明け前のガンジス河へ。
悪い、ジイさん、旅人の心配は尽きないんだよ。

No Camera Information - varanasi, india

Additional Remark
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by fuzuki-2009 | 2013-01-08 20:30 | Monologue | Comments(2)


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